そりゃないだろ

kazgeoさんのブログにJAF Mateに載っていた記事についてのエントリーを見て、ボクも今月のJAF Mateを読んで気になっていたことを思い出した。

JAF Mateに毎号連載されている「うれしかったあの救援 JAFストーリー」ってコーナーがある。大雨の降る中、 ずぶぬれになってタイヤ交換してくれたとか、真夜中の山道で脱輪し、途方にくれていた時、 救援に駆けつけてくれたJAF隊員がホントに頼もしかったとか、いつもは「シゴト」 という枠を超えたJAF隊員たちの優しさやプロ意識に心洗われる思いになるストーリーが多いのだが、 11月号の話はそれはちょっと違うんじゃないって話だった。

もちろん、いつもながらJAFのスタッフは心優しく頼もしい。では何に違和感を感じているかとと言えば、今回の投稿者からは 「お手数かけてスイマセン」って感じがゼンゼン伝わらないのだ。ここに全文を紹介できればよいのだが、わざわざ入力するのもなんだし、 そもそも著作の関係もあると思うので、JAF会員の方はご自宅に届けられた「JAFMate」 をぜひご覧いただきたい。

いつもなら救援を必要とする状況はけっこう不可抗力によるもので、そして、投稿者の「お手数かけて・・・」 の気持ちが文面から伝わってくる。しかしながら、今回の投稿者はなんど救援されてもまったくその反省がないようにしか読めないのだ。 とにかく毎年、JAFのお世話になっている。脱輪、パンクにバッテリー上がりが2回。そこに感じるのはとにかく「助けてもらって当たり前」 という雰囲気だ。特に初回の脱輪のときなどは自分で落とした車をJAFに上げさせて、1時間くらいかかると言われたからと、 自分はさっさと釣りに出かけている。しかも、「釣りをして時間を見て戻ったら、JAFが待っていてくれました。」だって。 あなたが戻らないからJAFは帰れなかっただけだろうと思いますが・・・。

まあ、こんな話を掲載するJAFの意図もよくわからないが、こういう話がエスカレートすると、救急車をタクシー代わりに使ったり、 給食費を滞納しながら、週末は家族でフレンチ食べたりってことにつながるんじゃないかな?JAFのロードサービスとか、公共サービスって、 あくまでも緊急避難的な相互扶助の考えに基づくサービスだと思うのですが、まあ、自戒の意味もこめて、 あらためてスマートなサービスの受け方を今一度考え直してみたいですね。

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