荒磯先生、退官お疲れ様でした
3月2日にタイムリーに札幌での仕事もあったので、僕から見て学問上で行けば、北海道大学において3番目(あ、順位じゃなくて順番ね)の師に当たる荒磯恒久教授の退官記念講演に行ってきました。とはいえ、仕事で鬼のような宿題を渡されたので、今日までBLOGにアップできず。
さて、一番目は、故 中村 英士氏。生物発光というか二次代謝物質の研究。
二番目の師は、いまだご健在で、次の日の3月3日の後輩の結婚式でご一緒した石垣 壽郎 氏。量子力学の哲学を中心として科学基礎論全般。
で、その次にあたるのが、荒磯先生です。んでも、考えてみたら、そんなに長いお付き合いでもなく、2003年に産学連携学会を立ち上げるってお話のお手伝いからです。変な話、そのときは、産学連携ポータルとか言っていたデジタルニューディール事業なんぞにかかわっていたので、そういう学会の設立はぜひともお手伝いしようと、普通に一業者としてお手伝いさせていただきました。
それから、あくまで大学の外部からですが、先生の考え方に影響を受けて産学連携のありかたや実践を行ってきました。それは今でも、小さな事業者ですからできることは限られていますけれども今でも生きています。そのひとつの集大成は、Anjo Hearts PROJECT です(当然、事業者の皆様の頑張りがあるからですけど)。私がアドバイザーとして大いに力を出せたのも荒磯先生の教えがあればこそです。
荒磯先生から直接教えを請うことができるようになったのは、2005年末、正式には2006年初めから、北海道大学創成科学共同研究機構という組織に入る羽目になったことです。本来の雇用セクションもあってそのお仕事もあったのですが、なぜだか、荒磯先生の所属していたリエゾン部の中に机が置かれ、本来のお仕事と無関係に産学連携の現場を楽しく飛びまわっておりました。
その当時のBLOGの日記なんかを見ていると、そのころの様子がわかるかと。挙句に、本まで一緒に仕上げたりしました。
全く持って、非常に濃い2年間でした。
謎の一人連携機関として片田舎で活躍できているのも、このときの教えと実践と経験があればこそ。本当に感謝しています。
任期満了、お疲れ様でした。でも、4月からは特任教授ですね。老骨に鞭打ってがんばってください。北海道、いや日本はまだまだ産学連携ができる人材を欲しています。僕みたいな変な育ちのやつばっかじゃなくてもいいですから、どんどん産学連携学を修めた人間を輩出してください。
益々のご活躍を期待しています。でも大喰らいの弟子はこの変で輩出をやめないと、産学連携学を修めると肥満するっておかしな風評が立ちますから、お互いに気をつけましょう。