昔思ったこと:受験制度にNOを言った産業界
昔、以下のコラム書いたんだよね。
http://www.fsinet.or.jp/~mfuna/syakai/hihyo24.htm
今じゃログインできないサーバー内で、元ファイルを取っておいてあるはずのPCも再起不能状態なので、ほとんど、日付情報がないんだけど、これを書いた日付は1998年7月23日ってことはわかる。本文に書いてあったから。
再録しようと思った理由は、このコラムの元ネタになった記事の元ネタになるリリースを、たまたま社会生産性本部のWebでこの提言を見つけたから。
http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/lrw/activity000795.html
で、読んでみると、この提言の要旨の中の
<1>公立の小中学校の学区制を廃止して、家庭(親・生徒)が学校を自由に選択できるようにする
<2>校長のリーダーシップを十分に発揮して、教師との連帯による教育ができるように校長に学校経営権を与える
は、なんちゃら再生会議でも論じられているんだよなぁと。でも、実際はこの提言のポイントは、この要旨の中の<1>、<2>をやるにしても、以下の<3>、<4>がないと機能しないんだよな。多分。なので、歯抜けなんだわさ。と改めて思ったので。
要は最も重要なところをやってないんだよね。で、わけのわからん教育改革が横行して混沌の極みとなっているわけだ。
今でも思うけど、ここの本丸を崩してこその教育意識改革になって、そこから始めて本当の教育改革が議論できる基本環境が出来るんだよなと思う。
特に、これの大学改革の概要はすばらしく
項目だけ引用しますと
4.大学の改革
<1>学生定員を廃止して、入試をなくそう
<2>学費制度を改革し、奨学金を充実させよう
<3>大学の流動性、機動性を高めよう
となり、夢物語チックですが、実際は現実性を帯びた提言となっております。なぜ、あのころ日本の国家はこいつに挑戦しなかったのでしょうか。
ただ、悲しいかな、文部省が文部科学省になって、国立大学が国立大学法人になるような流れの中で、ここに書いてある大学改革が今出来るのかという気分的にはかなり絶望感が漂います。ある意味、真逆に走っておりますので。
で、サーバーから中身がなくなったときの対策用に、以下自著コラムを原文のまま。かなり恥ずかしいですけど。
ただ、読み返してみると産業界はその方向に向かってやることやってるんですよね。やっていないのは、誰と誰とは言いませんけど。
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NO!と言った産業界
本日(平成10年7月23日)の東京新聞に「社会経済生産性本部提言」が掲載されていた。
この内容はまさに、私が述べてきた文部省の政策に対する批判が、そのままと言っていいくらいの形で述べられている。
この、社会経済生産性本部というのは、経営者や労組の代表で構成されているグループだ。
まさに、産業界からの提言なのである。
彼らが述べたのは、学区制の廃止、高校大学の受験の廃止など、革新的な教育構造の改革なのである。学校教育の個性化と自由化による競争原理の導入である。
細かい内容や議論は他に譲るとして、ようやく、産業界からも、教育への提言が出てきた。
今までの既存の教育構造の擁護者の論法の一つに
産業界が望む人材を輩出するために現在の制度がある。
よって、産業界の要請が変わらなければ制度は変えられない
と言うのがあった。
もはや、この論法では、現存の制度を擁護できない。
受験システムに対し、産業界のすべてではなにせよ、産業界は明確なノーを突きつけたのだ。
長いこと、産業界が求めている人材と、東大を頂点とする教育ヒエラルキーから生み出される人材が、食い違う時代が続いていた。
それは、バブルの頃からささやかれていた。
が、産業界からの提言が無いばかりに、彼らは、今まで、「いらない人材」を国から押し付けられていたのである。そして、「いらない人材」をため込んだまさにそのタイミングで、この大不況に襲われたのである。
非常に残念なことだが、確かに、この提言は重要だが、遅いのである。
人材が育つのには時間がかかるのだ。
この点は、産業界は猛省すべきである。
目先の金もうけに追われ、的確な提言をすべきタイミングを逃したと言っても過言ではない。
もっと、国に活力と余力のある時に制度を改革しておくべきであったろう。
しかしながら、遅くとも、やらないよりましな事は確かである。
ぜひとも、斟酌し、次期内閣にはこれを受けいれ、実行していただきたいものである。
そして、この提言が、的確に実施されるには、産業界自身の、意識改革も大きな問題となる。
奇麗事を言っても、結局採用は、学歴と、学校歴で決まる
などといわれないような、人材採用が必要不可欠となる。
ほぼすべての業種において、履歴書から学歴欄を消すぐらいの意気込みが必要だ。
産業界が、受験を不要というなら、彼ら自身が、勇気を持って、その範を示すべきだ。
まさに「就職試験からの学歴の一掃」の実行こそが、まずはじめに、求められてしかるべきだろう。
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青年の主張の出来損ないみたいでこっぱずかしいコラムだわい(苦笑)
たまに、この恥さらしシリーズでもやりますかな。