榎本武揚から世界史が見える

顧みて予が五稜郭にありし時の苦心を思えば、外務大臣の職何かあらん。(P.205)

そりゃそうだろうよ。数千人の命を預かる、しかも、日本史上ほぼ初ともいえる選挙で選ばれちまった統領としては、その責任感だけで半端じゃないだろうし。それに比べりゃ、大臣なんざ直接責任は他人が取ってくれるんだからさ。1億人の国家の大臣よりも、2000人でもその統領のほうが厳しいわな。大企業の部長より、SOHO社長のほうがきびしいといわれるゆえんだわさ。
さて、本書は結構異質で

本書の目論見は、ともすれば箱館・五稜郭の戦いとの関連でのみ語られる感のある榎本武揚を、世界の戦争の中に位置づけることであった。(P.266)

と言う目的の一冊。実は、榎本自身が出てくるページよりも圧倒的に他人が出てくるページの方が多い。それでも、本書のもくろみは達成しているといえる。とくに、なるほどと思えたのが、蝦夷共和国の位置づけ。諸説論じられているが、本書では

「皇国の幸福」を願う榎本武揚のレトリックの意味するところは、旧幕府の蝦夷島政権と朝廷の京都政権とは、最近東京に転居した天皇を同じ君主として仰ぐ同君連合の関係、つまりシュレースヴィヒ・ホルシュタインとデンマークとの関係に当たる。(P.105)

という、考えを榎本がもっていたのではないかと言う解説で、なかなか説得力のある説だった。それだけでも、戊辰戦争に対する認識がだいぶ広まりますので、一読の価値ありです。
それにしても、ヨーロッパ的にはやや不思議な国だったようで

ヨーロッパの市民的公共性をパブリックというのは、公刊物を媒体にする市民の集合だからである。(P.26)

踏み絵という公の儀式は、若い娘にとってはおめかしをして外出する数少ないお祭りであった。(P.36)

国民に国策や外交を論じる事を禁じては、そもそも国民世論が成立しない。何につけても欧米の真似をする日本政府が、この点だけ真似ようとしないのは納得がいかない。(P.191)

という感じで、「お上と民衆」が「政府と国民」とは置き換わらないことが理解できなかったようで。それでも、魅力ある国のようで、北海道でも

ヨーロッパ種を持ち込んでの野菜栽培の出来は悪くなかった。とくにキャベツは上出来だった。(P.98)

だったり(白菜よりキャベツが日本の食用栽培は古い!)、

「たった四杯」では済みそうもない日本の高品質緑茶の出現によって泰平の眠りを覚まされ、夜も眠れない興奮状態に追い込まれたのは、それまでアジアの海上貿易の大きな割合を占める中国茶の安定供給・安定需要の上に安眠していたイギリス・アメリカという茶の枢軸国であった。(P.167)

のように、非常に競争力のある国だったりもする。まぁ、現実は粗悪品の流通で、そうはならなかったわけですけど。
何はともあれ、箱館戦争完了で

北海道は「大志を抱け」を合言葉に発進する。しかし、それは蝦夷島総裁・榎本武揚の「大志」も、そしてイエッソをドイツの植民地にするというブラントの「大志」も費えた瞬間であった。(P.122)

という、植民地志望の人々も刺し違え。ま、

殖民とは歹(動物の残骨)の文字が示すように、植民がたんに民を植物のように移し変えることであるのに対し、死後、残骨を風に曝す覚悟の行為であることを意味していよう。(P.164)

この時点で、ここまで覚悟はあったかどうか。でも、やはり、凡人ではないなと思えるのが

榎本は一八七三年のドイツにおける経済恐慌の原因を調べさせ、農商務大臣の所轄である会社設立の条件を厳しくした。(P.237)

ということをしていること。みんな、憲法発布だの教育勅語だのに右往左往して手近の政策問題を一切、解決できていないなかで、一人的確に仕事をしている様は非常に関心。実は商売も武士の商法で駄目だったけど、政治も武士の政治で結構、倫理ばかりで実務がない状態だったんじゃないかと。そういう意味でも

アウトロー次郎長は、徳川と薩長という広域暴力団が鎬を削る東海道でみごとな任侠ぶりを発揮して、東海一の任侠の名を冠せられたのである。(P.157)

こういう表現が適切だわな。科学的実務家として榎本を後半生を見ると、肩書き元武士というだけで、義理人情やら日本的な折目筋目を無視できるということで活躍できたのだなと言うのも分る。

実務家というだけではなく、心境の変化を言葉に託すのもうまいなぁと。

扶桑を南望す 三千里/頭上驚きみる 北斗の高きを(P.40)

食人之食者死人之事(P.158)

日本がグローバル社会に組み込まれるプロセスのなかで、一番目立つ場所にい続け、的確に役回りを仕切った男だなと思う。

グローバリゼーションは、それ自体としては世界が一つになって平和に暮らせる事を保証しない。むしろ、語源的に直接意味するのは、テロの地球化であり、地球そのものがテロの住処と化すことである。(P.278)

そういう意味では、榎本が駆け抜けた後に、むしろ最強のテロ国家のように振舞ってしまう。そうしないために、どうすりゃいいのかといえば、こういうことらしい。

「第一に身体を強壮にせよ、第二に心を正しくせよ、第三に学問を身につけよ、以上のほかなし」(P.274、若き柴五郎に対し)