夜と霧の隅で

あれぇ、北杜夫ってこんな作風だっけ。と、一度読んだことがあるくせにちょっと驚いてしまう。とにかく暗い。で、なんだか卑屈。いや、ダメって言う意味じゃなくって、そういう人間のものすごく極限下での負の感情をひたすら書いている。これはこれで、上手くかけている。

個人的には、「谿間にて」がそういう意味では面白かった。最後の最後、苦労した蝶の残骸を踏みつけてしまう不合理な感情の発露なんて、なんだか本当に自分が切れてしまったような感じさえ受ける。マンボウシリーズばかりが北作品じゃないよ、ということで一度読んでみて下さい。

この男は同種類の酒をずっと飲みとおすことのできない性質である。(P.48、霊媒のいる町)
「幾つかはこの俺の採集品かもしれないんだ。そのとき俺は、いくら蝶のおかげで食っているとはいえ、ちょっと情けなくなったよ。チェッという気がしたね」(P.97、谿間にて)
「いいかね、客観的に間違っていることを頑固に信ずるのが妄想だ。しかし誰だって客観的に生きているのじゃない。個人だって国家だって民族だってそうだ」(P.163、夜と霧の隅で)