究極理論への夢―自然界の最終法則を求めて
彼らの助力があろうとなかろうと、われわれはいましていることを根気強く続けるだろう。(P.34)
ご自由にお続け下さい。あなたの夢にくちばしを挟む気はありません。といいつつ、以下批評してみる。
基本的に、素粒子物理屋さんが、予算獲得の正当性を訴えるために長々書いた本。それ以上でもそれ以下でもありません。アメリカなら、こういうPRは効果的なんでしょうが、日本だとどうでしょう。
なんだか、自分の学問だけが崇高でそれ以外は、たいしたことないよって暗に書かれているようで、えらい気分が悪いです。
科学的説明が収束しても、それにともなって科学的方法も収束するに違いないと考える理由はない。(P.49)
とか言い訳しているんだけど、大学のときに、「有機化学は科学じゃない」と口走った講師がいて、総すかんを食ったことを思い出してしまいました。
加えて自分たちに対しても、おまけに
どんな実験とも矛盾しない理論などは存在しない。(P.106)
とか言い訳したり
科学者は美しい解答をもちそうな問題を選ぶ傾向にある(P.179)
とか、意味不明の美学論を展開したりと、勝手極まりないなぁと。
無限に続く原理の鎖の存在を信じる、ポパーやその他多くの人々の方が、結局は正しいことになるかもしれない。しかしこの立場を主張するのに、究極の原理をまだ誰も見つけていないことを根拠にする事はできないと思う。(P.257)
とかいうけど、ポパーは自分の論拠にそんなことを、一言も言っていないと思うけど。
まぁ、全体として、ただの予算執行の言い訳本なので、コメンタリーを書くのも時間がもったいない感じ。
とっと売るべ。