インターネットヒストリー―オープンソース革命の起源

私がここでいいたいのは、ネットの実現に絶対に欠くことのできない大勢の人たちが存在し、ネットがこれだけの成功を収めた今、誰もが自分の果たした役割について話したいということです。それは結構なことです。どの役割もすべて重要ですし、実際にどうやって作ったのか説明できる人間が誰もいなかったら、何もできなかったはずですから。(P.63、ロバート・カーン)

ちょっと長い引用だが、この本をあらわす最もいい言だろう。インターネットの成立をインフラから徐々に次の階層へ階層へと成長していく様がわかる。今私たちが住む地面は自然があり人の営みがありと変遷した様の上に立っているのだ。
後付の知識だが
「右手に研究開発、左手に運用、どんなにつらくてもこの両手を離してはいけない」(P.iv)
というのは、黎明期から今までやってきたものは誰でも実感できることなのだろう。黎明期じゃない私でも。これは実感できる。裏方はいつの世でもドタバタだ。その裏方の世界の変遷を示しているのが本書でもある。

私たちがしたことといえば、コミュニケーションできるようにネットワークを構築しただけのことです。(P.23、ラリー・ロバーツ)
ネットワークの将来性に関する限り、あの時目の前で生じていることの重大性を理解していた者はいないと思います。(P.35、レオナルド・クラインロック)
チームの誰もが一種の興奮状態に陥り、何が何だかわけがわからなくなってきました。そこにいること自体がエキサイティングでした。(P.55、アレックス・マッケンジー。1972年のICCCの会議の風景)

冷静さと全く何が何だかわからない興奮の中、産声をあげるインターネット。そして急激に一般社会に入ってくる。

インターネットの開発はその成長に従い比較的同類の人間が進めてきたのに、技術的な側面を理解する用意のないたくさんの人間を巻き込み、その結果、誤解や問題が生まれた(P.108、デヴィッド・クロッカー)
法律社会に生きている限り、法は介入してきます。何であれ、大勢の人を動かすものがあれば、法は必ず立ち入ってくるものです。(P.124、スティーブ・ベロバン)

ここで、やっと土台が固まりつつある。それでも、まだまだ一般には浸透しきっていない。OSIとの戦いなど、TCP/IPは覇権を確立はしていない。そして、その上でのアプリケーションも普及していない。何のためのインターネットか。普通の人々にはまだ見えていない。

「我々はどうしてもTCP/IPでこれをやらねばならん!」(P.131、ケン・ウィルソン)
「君はちっとも予算を使っていないが、いったいどうなっているんだね」。私はこう答えました。「私がやっていることが一体全体何なのかはっきりするまでお金を使うつもりはありません」(P.153、デニス・ジェニングス)
「InfoMeshにしようか、WWWにしようか」と尋ねると、「WWW」と妻は答えたのです。(P.204、ティム・バーナーズリー)

少しづつ、インターネットと社会とのつながりの輪郭が見えてくる。すると、どこの世でも手柄争いに終始する。

Mosaicがネット上で爆発的に広まると(中略)会議に出ると30人も40人もの人たちがすべて、口々にプロジェクトは自分がやっているんだと主張して、ちっともおもしろくなくなってしまったのです。(P.222、ジョン・ミッテルハウザー)

それでも、こういう状態になったということは誰でもわかる市場と化したことの証左でもある。急速に成長したように見え、その急成長は俺の手柄というわけだ。

インターネットがこの記録的な成長を遂げる前に十分成熟する時間があったことです。(P.228、ケン・ニッカーソン)

そうなのだ、実はじっくり熟成してインターネットは社会とかかわりを持ったのだ。だからこそ

ネットという民主的なメディアを信じているからこそいえることですが、素晴らしかったのはネット上の人々が非常にジャーナリスティックな姿勢で果敢にこの問題に立ち向かったことです。(P.346、フィリップ・エルマーデウィット。Time誌のサイバーポルノ特集論争について)

のように、市民は意外と適切に対応している。インターネットの未来は期待と不安で一杯だ。だが

現在のインターネットは良くも悪くも電源が切れないのはたしかだ。(P.328)