最強の投資家バフェット

自分が知る範囲でもっとも「ましな」投資家であるウォーレンバフェットについての本。ましというのも失礼なのかもしれないが、基本的に、投資家という紙切れ屋は好きになれない。それがたとえ、田舎に引っ込んでいて、倫理的に高潔であってもだ。

どんなに大きな富を手に入れても政府に絶対の信頼を置き、自ら所得の確定申告を行った。不正な取引を忌み嫌い、法律的にも道徳的にも正攻法を貫(P.59)くというのは人としての姿勢としては、好感を持っている。でも、やっぱりどこまで行っても汗を流さぬ紙切れ屋だという印象はぬぐえない。
自分自身も株式投資をしているが、彼の考えに共鳴するところも少なくない。はじめて読んだときには、なるほど、自分の考えは至極まっとうだなと思ったぐらいだ。

「株式」は単なる株券ではなく、事業に対する所有権を表わしており、株式の購入は事業の一部を買うことに等しい(P.28)
株式は本物の資本を裏づけにしています。(中略)人間の活力そのものであり、単なる通貨とは比べられないほど強いのです。(P.33:経済学者シーゲルの言)
投機家は「企業」ではなく「ほかの投資家」を見て行動するものだ。(P.53)

僕もまさにその通りと思う。ぼくも、すべての投資としての株式の売買の考え方のスタートはそこに立脚している。
しかしながら、

「利益を増やす義務はあるけれども、最高の芸術を作る義務はないのです」(P.147:ディズニー株について、バフェットの言)

については、彼の考えには反対だ。事業が目指すものに関して、公的仕掛けでできないからこそ、社会や個人が投資というリスクを負い、最高の事業遂行を目指すべきであるのではないか。利益を損なうというリスクを負って、いい事業をする。それこそが、株式会社という法人に課せられた義務だと思うからだ。
なので、むしろ、このパートナーの言に共鳴する。

「割安な価格で悪い事業を手に入れても駄目だ。本当に手に入れなければいけないのはすばらしい事業だ」(P.82:パートナーのマンガーの言)

とはいえ、

人々がそれぞれ最も得意とする分野で、できるだけ長く一生懸命に働けば、それだけ社会全体が富むことになる(P.332)

というのは事実だろう。そういう意味では、これぐらいましな紙切れ屋がもっと増えて、こういう人々が一生懸命投資行動をしてくれるというのも大事なことなのだろう。