哲学、女、唄、そして...―ファイヤアーベント自伝

やっとのことで、私は望みが叶ったことになる。私は定年退職者になったのだ。(P.240)

なんとも変な少年の希望である。この希望を持った少年は、ファイヤアーベント。うそでも科学哲学を専攻した私にとって、彼の代表的著作『方法への挑戦』に述べられていた「Anything Goes(なんでもいい)」という考え方は限りないインパクトがあった。
『方法への挑戦』を書いた動機の一つは、哲学的な曖昧化や、「真理」、「リアリティ」、あるいは「客観性」といった抽象的な概念の専制から、人々を解放しようとするところにあった。(P.256)
という通り、常に思考の前提を広範に注意深く疑うという習性が身についている。たぶん、いまでもがっちりと自分の思考法に植えつけられているのは、このせいだろう。

で、本書はある意味この思想の破天荒なファイヤアーベントの破天荒な人生を自分で綴った一冊。まさに、歌って踊ってナンパする哲学者。
彼の教員なりたてのころの生活が「私の時間割はこうなった。読書、ラジオ、講義、教員セミナー、二、三のデート、オフィスでの仕事、そして劇場。(P.152)」という、教員に倫理観を求めるとチト厳しいのではないかという生活。これでも穏当なところの抜粋。
彼の人生の転機はやはり「方法への挑戦」にあった。広く一般と議論する羽目に陥ったのである。
そのなかで、知識人は科学者ではないが、科学の成果を夢想的に信じられる人々である。(P.210)ということなども体験し苦しんでいたりもする。

変な話、哲学者といえど人の子であって、いわゆる変人というわけではないということに気がつかせてくれる、破天荒な変人ファイヤアーベントである。