動物にとって社会とはなにか
もういいかげんでミツバチの話はやめにするべきであるし、それよりましとはいいながら、社会といえばなわばりと順位のことだと思う段階からも、そろそろ脱却したいものである。(P.49)
うん。そりゃそうだ。結構面白い本です。古いので学説としてどうかってのもありますけど、読む価値ありの一冊です。個人的には
順位の低いメスが順位の高いオスと結婚すると、メスの順位が自動的にオスの順位まであがるのだが、それも一日ほどで全メンバーに認識されるらしい。(P.125、コクマルガラス)
という、社宅の奥さん理論みたいなのが、結構、動物的というのが笑えました。それにしても、今じゃ当たり前の発想なんですけど、
クロオジカにとって捕食獣ピューマは、過剰人口をおさえて種の存続を保証してくれる恐怖の天使であったのだ。(P.89)
こういう生態系の関係をよく理解しないで、特定生物の保護とか論じるのも難しい。それにしても人間は生き物としていろいろ欠落していて、
美容や健康上の理由からではなく、道徳的理由からする菜食主義者は、問題をつきつめることなく、中途半端で妥協していることになる。(P.87)
哲学者や人文科学者たちは、くだらない動物のことなどにかかわらず、この高貴な「人間」の理性のことや悟性のことを、ときには奥さんもほったらかして一心不乱に研究し、たくさんの書物を書いた。(P.145)
交尾前儀式の欠如のため、人類では強姦ということも可能になる。そのような行為に対して、しばしば「けものみたいな」という形容詞が使われる。だが、ほんとのけものはそんなことはしない。彼らの体に生理化された彼らの社会が、それを許さないからである。(P.146)
こんな連中なわけです。
われわれ自身である人類も、その人類の社会も、ともにもっと慎重に検討されるべき存在である。(P.170)
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