さきがけの市民活動法人法-NGO/NPOの推進を目指して-

「私にはボランティアをする権利がある。私がよりよく生きようとすることを、誰もじゃますることはできない。私がよりよく社会とかかわり、よりよい人生を生きることを誰もじゃますることはできない」(P.24、オーストラリアのボランティア団体の連合の長)

公共に対する考え方の違いだよな。公を共になす、で公共。公のための自己犠牲ではない。奉仕ではない。
別に、この本を持ち出したことに、何の政治上の意図もありません。別に新党さきがけの残党を支持しているわけじゃないし、他方でアンチってわけでもない。ただ、多分、明確に政党が提示した、日本初の市民活動に対する法人格に関する法案。それだけに読む価値のあるものだし、現行法の根底を理解する上でも役立つ。個人的には、現行法よりこっちのほうがええんちやうかとか思う。
でも、それは僕の個人的趣味であって、全体との整合性とか考えると今のものになるんだろうな。

日本の市民による自発的、主体的なNGO活動は規模が小さく、力が弱いのはなぜなのだろうか。(P.11)

市民活動を社会にしっかり根づかせていくことは、最終的に日本という国がしっかりとした市民社会として成熟していくためには絶対必要なことである(P.22、簗瀬氏)

「民」と「官」のどちらに責任があるかといえば、反省を込めて「民」の方に責任があるとしかいいようがない。(P.26、日本国際交流センター山本氏)

「飯が食える市民運動をつくろう」ということを言ったら、十字砲火です。NGO活動で飯を食うとは何事だ。そんなのは不純だというようになるわけです。しかし、飯が食えるかどうかというのは、我々が社会から必要とされているかどうかのバロメーターで、自分たちの活動が自己満足になっていないということの証でもあります。(P.33、高見氏)

時にしっかりした"Anti"は必要です。しかし、その先に代案のよりしっかりとした提案が必要だと考えるんです。(P.37、高見氏)

現行の公益法人制度では、「公益」は主務官庁ごとの「省益」となっていることに注意が必要である。(P.44)

会員数を十人としたのは、その辺はしっかりとした団体というようなことを、多少ハードルを高くして、いまの時代ですから、ある程度、財産要件、設立に100万円以上ぐらいでもいいのではないでしょうか。(P.63、簗瀬氏)

権利と義務は表裏一体なものですから、片方だけ欲しいという話であってはならないと思います。(P.69、五十嵐氏)

残念なことに市民自身が市民である以上に「会社」人間であったり、市民の利益を真に代表する人を選挙で見つけにくいので、いまだ十分にその力を発揮できない。(P.78、岩崎氏)

NPOやNGOの真髄は、このような多様性を社会にもたらすことにある。(P.82、田代氏)

日本で「シビル・ソサイエティ」が育たない最大の理由が、公益に関わるすべてのことについての官僚支配にあることはいうまでもない。(P.88、山本氏)

市民活動を公益活動とは全く異なる活動と認識すべきではないか。その要件として「非営利」であればよく、「公益」を入れるべきではないと考える。(P.96)

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さきがけの市民活動法人法-NGO/NPOの推進を目指して-
http://www.tvac.or.jp/libes/each.cgi?id=3118
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