デジタルコンテンツの知的所有権―Digital Rights

多くの著作権を冠にいただく書籍が、著作権の法律解説に終始している中で、本書は古い本でありながら、著作物とは何か、そして、その権利のとはどうあるべきなのかを考察した、読み応えのある本。

特に、インターネットの出現で、コンテンツの利用のありようが変化していることを以下のように捉える。

「編集」が極めて重要な知的活動になっていく。むしろ、編集そのものが表現と等価になっていくことだろう。(P.18)

と、同時に人間の持つ怠惰な性向が、以下のような既存の価値観の延長も続けさせる。

ある程度評価の定まったコンテンツを「受動的」に入手した方がいいと見なす傾向が強まってきたことが否めない。つまりウェブのマスメディア化である。(P.24)

こうした、総クリエイトでありながら総マスコミ受容者という状況下で、どういう権利に対する価値観が生まれてきたか。その一つは

「情報は自由に共有され利用されなければならない」という理念(P.54)

というラディカルなものであり、近代の産業社会では、希少性や所有という概念が幅を利かせていたが、デジタル情報革命はそれらの前提すら覆す(P.243)可能性を秘めてしまっている。とはいえ、

資本主義的なビジネスと贈与経済的なフリーウェアの原理の間に共存関係が成立しうる(P.250)

と言うことも起こりえる。それは前掲の「Linuxはいかにしてビジネスになったか―コミュニティ・アライアンス戦略」や「ハイ・イメージ・ストラテジー―メディアの未来とイメージの未来」のなかにも見出しうる。とはいえ、本書に挙げられている内容はずいぶん解決済みだったり実現済みだったりもするので、少し古臭い印象は否めない。
それでも、著作権とは何かを考える上で、一読の価値のある一冊であることに間違いはないだろう。