ぷらっとどっか行くのは、大概にしないといけないね。

夏休みになると、自分の子どもの頃は意外とどこでも出かけてたなぁと思う。親が国鉄で転勤族だったから、それなりに各地に友達がいて、移動するにも列車に乗ること自体はそんなに困らなかったように思う。それでも、親の金で移動するわけで、親同士の事前調整がかなりがっちり行われていたんだろうなと思う。
いつのころか、自転車で、旭川から深川まで普通に往復するようになった。深川に友人がいたからというのもあったけど、今思い出すと、それを始めるときに、親にはずいぶん申し訳ないことをしたなと反省する。ちょうど小学校6年生から中学校一年生ぐらい。まぁ、うちの上の子どもくらいの年齢の時。
旭川深川間はカムイコタンというところを抜けて、つながっているサイクリングロードが完備されていて結構快適に実は走れる。とはいえ、子どものときは道中カツアゲにであったり、あまり治安のいい感じではなかったけど。また、カムイコタンは旧駅の場所で、公園にもなっているのでわりと遠足がてらよることもできる感じの所です。

夏休みのある日、思い切って、このサイクリングロードを抜けようと思い立って、親に、晩御飯までに帰るように遊びに行く旨を伝えたら、昼飯どうするのさって話になって、とっさにカムイコタン(売店もあるので)辺りで遊んで帰ってくると伝えてみた。そしたら何を思ったのか、両親ともに休みだったらしく、「弁当作って追って行くから、カムイコタンで待っておれ」って言われてしまった。
でも、結局、ちゃりかっとばして、カムイコタンを抜けて、深川市まで行ってしまったわけです。でも、サイクリングロードの終点から駅が分からなかったら帰る予定だったけど、わかってしまったので、結局、友人宅までチャリを漕いで友人宅にたどり着いた次第。
イマイチ覚えていないんだけど、結局、着く時間が遅かったので、チャリで戻るには難しいと判断されて、そのまま友人宅に泊まったように記憶しています。

でも、親はがっかりして、心配して大変だったんだろうなと、この歳になって思います。本当に反省しています。忙しい父親が休みとれて、息子とアウトドアのまがい事ができると、弁当を作ってカムイコタンに来てみたら、子供の姿が全くなくて、待てど暮らせど現れなくて、携帯もない時代だからどこかに連絡を取るためには公衆電話から電話をかけるか、自宅に帰るしかないわけです。どんなに心配をさせ、どんなに落胆をさせたのかと思うと、親に対しては今となってはなんの申し開きの言葉も有りません。
帰ってみたら、友人の親から連絡が来て、本人の無事を確認できて人安心だったのかもしれません。でも、親の心子知らずというのは本当のことで、多分その時は、ちょっとした冒険をやり遂げて、さらに久々に会えた旧友と遊ぶことに嬉々としていたのだと思います。
上の娘がこれぐらいの歳の時の話ですから、同じことされても、文句は言えねぇなぁと思います。
このあと、旭川深川往復は日帰りでできるように、早朝出発を工夫をしたりして、結構な頻度で行い、自分の行動半径を実に大きくしました。

でも、帰ってから一言も怒られなかったのは、少し不思議です。ただ、この友人宅までの移動は、計画的か否かを問われて、計画的ではないという風に伝えただけのように記憶しています。計画的っちゃ計画的だけど、衝動的っちゃ衝動的。このころの子どもだった自分の気持も良く理解して、自分の子どもの子育てをしていこうと、ふと思い出した今年のお盆でした。

内容ないエントリだな。