精神分析学入門

ことばは、もともと魔術でした。ことばは、今日でもむかしの魔力をまだ残しています。私どもは、ことばの力によって他人をよろこばせることもできれば、また、絶望におとしいれることもできるのです。(P.14)

なんだか最近やたらと、ことばに翻弄されています。ほんと魔力があるよなぁとおもいます。
夢の解釈で有名なフロイトの講義録。読み応えや示唆も結構あります。

幸運にさえ恵まれれば、まったく地味な研究からでも大問題の研究への糸口がひらけてきます。(P.28)

というのは、実に今の自分の研究なんかはそうして広がってきていますし

いやいや生まれてきた世界に対する私どもの関係は、中断のときをもつことがなくては維持しきれないものがあるようです。(P.110)

なんか夢というものに対する一つの位置づけを考えさせてくれ、

どんな企業体でも、経費を支弁する資本家と、あるアイデアをもっていて、これを実行に移す方法を身につけている経営者とを必要としています。(P.306)

という比喩で意識と無意識の関係を説明するなど、うまいものです。また、

人間社会を動かす動機は、究極的には経済的なものです。(P.425)

なども人の世で生きるうえでの大変よろしい洞察になるかと思います。でも、こいつがポパーにあれほど攻撃対象にされたのかということは、

いったいこの仮定にはどんな理由があるのでしょうか。理由はなにもありません。しかし、このような仮定を立ててはいけないということもないわけです。(P.127)
みなさんは悪を人間の心的素質からなくすために勝負をいどむだけの勇気がおありですか。(P.194)
夢の解釈を自分の本業としている人はだれもいないということです。(P.245)
好意ある懐疑こそ、私どもにとっては、患者の側に望みうるもっとも好ましい態度です。(P.329)
私はむろんただ主張できるだけで、証明できることはできません。けれども、とにかく自分で経験を探し求める人は、それで確信を得られると思います。(P.348)

この辺の言い訳じみた回答にあるんだろうなと。むしろ論証を丁寧にやるか、そもそも全く無視をして、論証は他人任せ、というスタンスでいれば良かったのではないかと。現代人が読んでもいい本ですが、学術書として読むには厳しいのかもしれません。