職業としての政治

諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。(P.103)

職業として学問に続いての講演録。政治という仕事を如何に捕らえるかを考察した講演。
ファシズムの影の中、冒頭の引用のような発言となる。まさにこの講演の10年後はファシストの台頭が始まる。

政治「のために」生きるか、それとも政治「によって」生きるか、そのどちらかである。(P.21)

その昔であるのにまるで現代のような言明が続く。

官吏にとっては(中略)命令者の責任において誠実かつ正確に――あたかもそれが彼自身の信念に合致しているかのように――執行できることが名誉である。(P.41)
名望家たちは、幹事や委員といった小っぽけな役職に就くことに精神的な「生き甲斐」を感じている(P.56)
ボスははっきりした政治「原則」をもたない。彼はまったく主義をもたず、票集めのことしか考えない。(P.67)

で、いまでも、議論のあるところだが、これに関してだけはアメリカは正しい。と思う。

「あんた方のお国のように、こっちをなめてかかったお偉い官員さまより、こっちでなめてかかれる連中を役人衆にしとく方がこっちも気が楽なのさ」(P.68:アメリカの労働者の言)