風になれ!子どもたち―児童ケースワーカー・10年の記録から

将来必ずや、私達大人は、子供達から手痛いしっぺ返しを受ける(P.112)

児童福祉士、児童相談所というと、最近何かと虐待の発見やら対応やらの遅さが目立ちバッシング対象になりがちだ。が、実際のところ、現場を見に行けばわかるがそれ以前の状況に陥ってしまっていることがわかる。端的に言えば、彼らのせいではなく、そうバッシングするような無責任な大人たちの無責任さの因果がみんなここに来ているのだ。
本書は15年ほど前に、10年間の児童福祉士としての活動を記録にまとめたものだ。児童福祉の現場は変わってきているものの、一つだけ変わらないものがある。親だけではない大人の無責任の結末の集積場だということだ。

ぼくらの時代の子どもへの虐待や子殺しは、次代への無自覚の中で、子どもへの甘えという形で噴出してしまっている(P.48)

と、著者は指摘し、大人が自分自身の問題に正しく目をまず向けることを主張する。そして、

子どもたちに甘え、彼らを抹殺することで、ぼくら自身の未来をもつぶしてしまうのか、それとも、子どもとよりそうことで、共に次代を切り開いていくのか。(P.51)

を選択すべきだと。この本が出た15年前には話題にならなかった、少子化問題や年金問題など、まさに子どもという次世代が無形の塊となって、無責任だった大人たちへダメージを与えている。手遅れかも知れなし、そうではないかもしれないが、きちんと、子どもという存在に向き合うべきだろう。

もともと、子どもという存在は、地域の共有財産であった。地域の次代を担う存在としてみんなが認め、期待していたからである。それが、いつのまにか、各家庭の中で子育てをするようになってしまった。(P.218)

という、ゆがみを一度冷静に皆で見直すべきだ。
この本は過激すぎもせず、おとなしすぎもせず、この見直しには適切な本だろう。