主権奪還の時代~条例のある街

友人のBLOGに紹介されている本が非常に興味深く思えたので、出張先で発熱していてホテルに寝込んでいるにもかかわらず、知人にお願いして買い求めてもらって、早速読んだ。

本のタイトルは「条例のある街―障害のある人もない人も暮らしやすい時代に」で、千葉県における条例「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が成立するプロセスを紹介したものだ。内容自体は、福祉に関する話題を題材にしているが、いわゆる立法への住民参画のプロセスが丁寧に描かれている。

僕自身も某県で電子会議室を通じた住民参画による条例や計画作りのお手伝いをさせていただいた経験がある。まさにこの本で紹介されているプロセスを実感できるものもあったし、その反対に失望感にさいなまれるようなこともあった。
この本に紹介されていて、僕が実際に体験していなかった部分、そして他の読者にとっても圧巻だろう部分は、最後の議会とのやり取りの部分だ。これからの議会の仕事とありようが見えてくる内容だった。

今までは、三権分立で、議会が立法を、司法が法に基づいた審判を、行政が法に基づいた諸所の実行を、それぞれ分け合って行ってきた。そして、すべての元になる法を作る議会が主権集約機関であり、そこの構成員を主権者である我々が選ぶというスタイルだった。
この構図で考えると、実は、ひとつ立法への住民参画で釈然としない想いが自分の中であった「投票&納税という形で、すでに立法へ住民は参画していて、それの実施者として議員は給料をもらっているのに、何で、市民が考えにゃいかんのねん」というものだ。まぁ、ある種の給与泥棒ジャンという気分だ。

この本を読み終わって、議会の役割は変貌しているんだ、ということが非常に良く理解できる。この条例のプロセスは、住民が立法をし、議会がチェックをし、行政が実施をし、(おそらく)議会が監査をする、という新しいプロセスなのだ。議会は、ただの監査機関(会社で言えば監査役)に降格し、住民がそもそも持っている最大の主権、すなわち立法権を行使したのだ。
いわば、民主主義国家の住民による主権奪還行為だ。ただ、法治国家である以上、その法の整合性や成立におけるより的確な民意反映が行われているかなどの、チェック機構が必要で、それが議会というわけだ。

そう考えると、このタイトル「条例のある街」というのは実に意味深い。おそらく、戦後初めて、主権者が主権者の意思できちんと作った初めての条例のある街になったということだろう。
福祉関係者や行政・立法関係者のみならず、全国民が中学校の公民の副読本として採用してもらいたい。本当の意味の公民(教科としての公民ではなく公民権を持つ市民)とは何か、民主主義とは何か、をしっかりと心の中に伝える良書だ。